青森県教育委員会の説明会が夕方にあり、また、例のごとくその後夜まで残っていると、ノックの音が聞こえて、この3月に卒業して、今、弘前の中学校で講師をしている方が入ってきました。大学に書類をとりにきたついでに立ち寄ってくださったそうです。
遅くまで残っていると、年に何回かこういうことがあります。指導教員の先生がお帰りだったりすると、ひさびさに訪れた卒業生の方も、誰にも会わないのも味気ないなあ、と、思われるようで、灯りが着いているニシザワ研究室を覗いてくれるのです。たまには、遅くまで残っていてよかったと思えることもあるわけです(笑)。
教えている生徒さんがわからないとき、どうしてわからないの?って言ってしまいそうになるんですけど、センセイ方も自分たちに対してそう思いながらも接してくださったんだろうな、と、思うと、やっぱり怒れませんね、といって笑っている様子をみると、卒業して1ヶ月と少しなのですが、ちょっと大人になったかなあ、という感じがします。勤め始めて1月で、もうすでに一度、寝込んでしまったりもしたようで、初めてのことばかりで緊張や疲労も多いようですが、そこで費やされたエネルギーは、先生としての成長のためになっているようです。若いっていいですね。単に、騒いでばたばたして、草臥れ果てているだけでしかエネルギーを浪費していない私とはえらい違いです(笑)。
訪ねてくださった卒業生の方が帰ったあと、そういえば、他の方々はどうしているかな、と、思って、今日、○○さんが研究室に来てくれたんだけど、そっちはどう?と同学年の千葉で勤めている方にメールを出してみました。この方は、私のゼミにいた先輩方と親しかったり、一度単位をとったのに復習のためにと私の講義にもぐっては演習用紙で弘前のおいしいナポリタンの店を紹介したり、私が担当した実習校で実習をしたり、ついには私の実家の隣町の中学校に勤めることになったりと、何かと縁が深かったので、アドレスを知っていたのでした。ほどなく返事が来て、手探りながらどうやら元気でやっているようで、安心しました。帰省したときにでも、会うことができるでしょう。楽しみです。
この3月に卒業した学年の方々は、ちょうど、私が弘前に赴任したのと同時に入学したので、初めてでよくわからないまま、師弟ともにうろうろしながら(笑)大学に慣れていった、という、いわば、「同級生」で、その分、印象深い学年でもあります。早くから研究室にやってきていた方々もいて、結構、フランクに付き合っていたように思います。あまりにもフランクにし過ぎて、私のドSぶりも早々とオープンにしてしまったので、皆さん、恐れをなして私のゼミにはこなかったのですが、数学以外ではよく付き合っていて(って、数学の教員がそれでよいのか、ということは深く追求しないことにします)、科室でだべっていたり、一緒に食事にいったりしていました。 そういえば、弘前に来てからのここ4年間での唯一のカラオケも(笑)彼らといったのでした。私の 40 歳のときの誕生日にこういうことをしたのも、この学年の方々です(笑)。(注:これは、私の研究室と中庭をはさんで向かい合っている科室の前の窓で、紙には 「6/9」、「We」、「(ハートマーク)」、「にっしー」、 「Happy」、「誕生日」 と書いてあります。まあ、恥ずかしくてしょうがなかったのですが、今となっては笑い話ですよね。)
やはり、入学を見た学生さんを初めて送りだしたのは感慨深いもので、ついこの前まで、大学に来れば当然誰かがいる、と思っていた方々が、もう、そうやって働きはじめたんだなあ、と、思ったりもしています。
今日は、いくつか、うまくいかないなあ、と、憂鬱になっていたことがあったのですが、おかげさまでいい日になりました。
みなさん、身体に気をつけて、新しいご自分の世界を充実させていってください。
あと、こちらにいらっしゃったときは、ぜひお立ち寄りください。
