ちょっと前、講義を公開するというような話が学科に来ていて、また高校生の方々でも参観に来るのかなあ、と、後から考えれば、主旨を理解しないまま早合点して引き受けてしまったのですが、今日、その書類の草稿が来ていて、何と、FD関係の企画だ、ということがわかりました。関心のある教員が見に来て、講義について後で話し合ったりするということらしい、というのが、ようやく、おぼろげながらでもわかってきました。
以前、FDの催し物に出席させられて、ティーチング・ポートフォリオ、というものを書かされて、意味がわからないまま消耗してしまった経験があり、なるべく、そういう催しには近づかないようにしていたのですが、迂闊でした。
何度もここに書いていますが(笑)、私にとって授業改善のために最も参考になるのは、受講している学生さんの質問で、彼ら、彼女らの質問を聞くと、何が伝わっていて、何が伝わっていないのかが一番明確にわかります。そのための時間をとることがどんどん難しくなっているのが、授業をよくする上での最大の障害なわけで、にもかかわらず、FDなどといわれてもピンとこないというのが本音です。
更に、数学の授業、特に、計算を例示するときなどは、あらかじめノートを作っておいても、時間が経つとディテールまでは覚えていられません。直前にもう一度確認をするのが、スムーズに講義する上では非常に重要なのです。せめて授業開始30分前くらいからは、用事が入らないでほしいのですが、この頃では、やたらと雑用が入って、始業5分前まで会議をするようなことがしょっちゅうで、案の定、そういう自信のない状況で話すと、細かいミスが頻発して、講義が終わると自己嫌悪に陥ってしまいます。
授業内容をじっくり検討したり、他の方の意見を仰ぐのは、自分の目論見や工夫を十分にやりきって、それでも乗り越えられない壁があってからの話だと思うのですけどね。
以前のティーチング・ポートフォリオと称する授業を振り返った報告みたいなものを書かされたときも、きっと役に立つからだまされたと思ってやってみてください、と担当の方に言われたのでやってみたら、だまされました(笑)。 その当時は、授業期間中、ずっと、忙しくて、ほとんど睡眠時間を削ってホームページに講義ノートやレポートの解説を載せるような自転車操業の連続で、そんな授業を検討して、反省して、文章を書いて改善点を考えよ、と言われてもねえ、という感じでした。
ご覧の通り、講義内容は、進行状況から、配布物から、講義ノートから、すべてホームページに記載しますし、気づいたことはこんなふうに(笑)みんなブログに書きますので、それ以上に文書を作る意味も無く、結局、それらの切り貼りみたいな文書を、それでも、A4で10数ページ書かされても、読み返して新たに感じることもなく、文書を提出後にいただいたアドバイスも、文章の添削みたいなことがほとんどで、授業については「ティーチング・フィロソフィーがない」という指摘しかありませんでした。アドバイスする側の先生も、専門外の数学の講義の経過やら実施方法やらを読まされても、何と言ってよいのか、お困りになったのでしょう。
では、数学をやっている方に見ていただけば、いつもよいアドバイスをいただけるか、というのも、微妙な気がします。最近は、研究関係のお知り合いの方々も、大抵、授業を担当しているので、お目にかかったときは、講義の話になることも多いのですが、それらを聞いて思うのは、一口に微積分だ、線型代数だ、といっても、場所によって、人によって、講義は全然ちがうのだなあ、ということです。エンジニアになる方を想定した授業もあれば、研究者になるかたを想定した授業もあれば、教員になる方を想定した授業もあるわけです。さらに、受講する方々の予備知識も違います。工夫と情熱を持って教育していることに感銘を受けることは多いのですが、あ、それ、自分でもパクッて使おう、というアイディアは案外少ないのです。
ましてや、異業種交流的なことを無理やりやっても、有効な情報に出くわす確率は非常に低いように思えてなりません。先ほども書いたように、ふっと出会った方法が役立つためには、その前に、自分のカードを全て試して、出し切ってもさらに解決法がみつからなくなってからなのが普通だと思うのですが、こちらは、忙しすぎて、まだ、カードを全然試せないのです(笑)。
それでも、あまり、乗り気にならないけど、でも、人が来ようが来るまいが講義はやるのだし、実質的な負担が増えるわけではないから、ティーチング・ポートフォリオよりはましか、と、草稿を眺めてみたら、しばらく経ってから検討会をする、などと書いてあります。
気が重くなったところで、担当表を見たら、私の名前が、
西澤道和
になっていて、担当科目の名前が、
郡論入門
になっていました。もちろん、ミスは誰にでもつきものですし、私も偉そうなことをいえるわけではありませんが、それでも、担当教員と科目名と二つ同時に間違えるというのは、余りにも酷いです。時間割を確認すれば済む話だと思うのですが。実は、自分の名前が案外気に入っていて、「道智」 とか、「道友」などと書かれるだけでもムッときてしまうので、言うにこと欠いて「道和」とは何だ、と、思ってしまいます。
普段は、ついつい、お世話になっています、とか、お忙しいところ申し訳ございません、とか、何とぞよろしくお願い申し上げます、などを連発してしまい、やたら回りくどい連絡をしてしまい反省することがたびたびですが、この訂正を求めるメールは、私にしては破格のぶっきらぼうさでした(笑)。
まあ、事務の方々も、いろんなことでてんてこ舞いで、こんなことに、じっくり手をかけていられないのかもしれませんが。