研究室の引越しをしたときの荷物のうち、コピーした論文や、以前に聴講した講義や研究集会のノートを入れたダンボールやプラスチックのケースは荷解きしないまま、部屋のすみのほうに積んでありました。 ちょっと見栄えも悪いし、邪魔だけど、面倒だし、しばらくこのままでいいかな、と、不精なことを考えていたのですが、今月中旬に、お知り合いの方が研究打ち合わせに来ることになり、さすがに、この状態でお迎えするのもひどいな、と思い直して、それらの文献を取り出して、最終的に収める予定だったキャビネットに収納することにして、昨日、今日の2日間を研究室の文献の整理に費やしていました。
こちらに赴任する以前、ちょっと面白いな、と思って、学術雑誌からコピーしたり、アーカイブからダウンロードしたりした論文は、両面コピーして、ホチキスでとめて、製本用テープを背に貼っていたので、その冊子が何百冊かあります。結局読まないまま5年ほど過ぎてしまったので、既に、興味が移ってしまったものや、もう、現在の研究が進んでしまったものもあります。選り分けようと思うのですが、特に、学術雑誌からコピーしたものに関しては、 現在の職場が絶望的なまでに図書館が充実していないので(笑)、もしかしたら、これから何かで必要になるかも、などという気持ちがよぎったりして、なかなか踏ん切りがつかず、進度が上がりません。
さらに迷うのが、以前の集中講義や研究集会のときのノートをどうするか、ということで、レクチャー・ノートや報告集が出ているのはともかく、そうでないのは捨てる気にはなれません。無計画にノートをとっていたので、普通のノートや、ルーズリーフや、レターパッドなど、サイズや形式がまちまちなので、収納の方法に困るうえ、 今や何を書いているのか判読不明なものや、今後、勉強する機会がなさそうなものもあります。
院生、助手、PDのときは、あちこちに話を聴きに行っていたんだなあ、と改めて思います。ただ、そうやって仕入れたものを何も料理しないで腐らせてしまっているのが情けないところですが。
これからはスキャンして電子ファイルを保存しなければなあ、と思うのですが、そのような時代になったときには、研究集会やセミナーにもなかなか参加できなくなってしまっているというのも皮肉なものです。
当時は、何か大真面目に考えていたはずなのに、今、読んでみると、何を目ざしていたのか全く思い出せない膨大な量の計算用紙や、大学院のころ、身近な方々とこじんまりと行っていたセミナーで話をしたと思しきノートもあったのですが、それらも、もはや使わないだろうと、大半を処分しました。
面白い(?)ものとしては、自分の卒論と修論が出てきました。これをネタに、ほらほら、私だって君たちくらいのときはこんなに勉強してたんだよ、と、ゼミの学生さん達を脅し上げようと思います(うそです)。
かつての文献を引っ掻き回しながら、この頃は研究をしていたんだなあ、と、改めて感じました。ダンボールを空けるたびに、今や、腐らせたり、干からびさせたりしてしまったそういう感覚と向き合うと、内心、残念だったり、忸怩たる思いがあります。箱の底のほうに、もう一度、夢をみるための何かが落ちているのかどうか、いぶかるような思いで作業していました。
例の如く、夜更かしして朝遅くに大学に来ていたので、仕事をするのが夜にかけてになってしまいます。ツイッターにも書いたのですが、昨日の夜は、 関東地方に教員採用試験を受験しに行く学生さん達を送り届ける、学部でチャーターしたバスが出発していきました。例年、神奈川・横浜・川崎や、埼玉の中高の文系などは、東北の会場がないのに加え、今年は、震災の影響で、東京都が仙台会場での試験を取りやめたため、そこそこの数の学生さんが乗ることになったようです。一晩バスに乗って、早朝に東京に着き、受験地に行って会場の下見をして、一泊して試験、と酷暑の中で過ごすことになるので、大変だなあ、と思ってしまいます。
私のゼミの学生さん達の受験自治体は東北での受験が可能なので、関東には行かなくてもよいのですが、それでも弘前から離れて受験することにはなります。
おそらく自分の就職がなかなか決まらなかったのがヘンなトラウマになっているのだと思いますが(笑)、こういうとき、何となく居ても立ってもいられない、という感じになってしまいます。とはいうものの、何もできることもないので、例の如く、神頼み、です(笑)。典型的な、「困ったときの・・・」ですので、どれだけ効き目があるかは心もとないのですが(笑)
ということで、皆さん、ご健闘をお祈りしています。