2012年2月16日木曜日

小沼 丹 「更紗の絵」

小沼丹の作品が文庫になったので、いそいそと購入しました(笑)

著者は、戦時中の大学卒業後、私立の(旧制)中学校の教師になり、その校長の娘さんと結婚したのですが、時局の悪化に伴い、家族に引き続き自分も疎開して終戦を迎えます。戦争が終わり、その義父が学校を再建しようとし、著者にもその学校の先生になることを求めます。その学校に勤めている間の数年間のことを書いた小説です。

当時、英語ができる方は重宝されたこともあるのでしょう。著者を模した主人公「吉野君」は、校地を手に入れるときに付き合いができた会社で、英語の書類を作文する、という「顧問」役も押し付けられることになり、母校の大学の講師もすることになる。ということで、いろいろな人との付き合いが増えてゆきます。

学校を再建して校長となった義父は公職追放になり、その後釜に呼んだ校長と、それぞれの思惑が違ってきて、その間で先生方の風向きも変わってきたり、もと軍需関係で、業務を再開するための米軍や司令部の交渉のために「吉野君」が必要だった会社での会社内や、米軍関係者とのやりとりなど、そこでおきる人間関係の諸々につき合わされ、巻き込まれ、ときには、不愉快な思いをさせられることにもなります。主人公は、徐々に大学のほうが本務になってゆくと、それらに関わることを大儀に思うようになり、基本的に自分から何かを起こすことなく、淡々と、でも、案外丁寧に、そ周囲を見つめています。そのような、主人公の視点からの、戦後間もない時代の人間模様が描かれています。

以前にもちょっと書いたことがあるのですが、著者の作風は、器用でお洒落なオールラウンド・プレイヤーとしての前半と、最初の奥さんと母の死を経た後の透徹した私小説作家としての後半に、割とはっきりと分かれています。実は、読み始めたとき、このように一貫したテーマでまとまった長編を書く、というのは、「前半」の頃の作品なのかなあ、と、思ったのですが、幾分面倒くさげな、それでいて行き届いた視線、というのが、ずいぶん成熟しているなあ、と、思って、著者の年譜を眺めてみたら、実は、これは「後期」の作品だったのです。そう思って改めて読んでみると、作中で動いている若き日を、後の自分の目で描く、ということになっているわけで、そのことが独特の奥行きを生み出しているように思います。

そして、この作品を書く少し以前にお亡くなりになられた最初の奥さんとの、最も希望に満ち、充実していた日々への回想が、小説のひとつの大切な動機になっていたのでしょう。