2012年3月2日金曜日

4月になれば

何とか調子を取り戻しつつあります。

一昨日の夜はブログを更新して就寝したら、そのまま発熱して、夜中に3回ほど寝汗をかいたパジャマを取り替える破目になったのですが、それで熱が下がって少し気分がよくなりました。3年生のゼミがあったので、ふらふらの足取りで大学に行きました。

3年のゼミの前に、千葉に就職することになったゼミの4年の学生さんが、向こうの様子を聞きにきて、少し話をしました。とりあえず、勤める市町村名はわかったのですが、そこが、割と広いので、どこの学校に勤めることになるのかわからないと、住む場所の目安も立たないので、引越しの準備を具体的に進めるのはしばらく後、3月の中旬くらいになってしまいそうで、決まってから、千葉と青森を忙しく往復しなければならなそうです。

1時間ほど、千葉県の大体の地理や生活の様子などを説明したら、3年のゼミの時間になりました。

前回のゼミでは、説明が始まった直後、私が、ある言葉の定義を質問したら、学生さんが黙り込んでしまい、それはテキストに載っている言葉で前もって説明できるようにするべきことだし、テキストを読めばわかることなのだからそこで考えてください、といったら、30 分くらいの長考になってしまったので、じゃあ、いいです、次回までにきちんと説明できるようにしておいてください、といって終了になっていたのでした。それで、じゃあ、前回のところから説明してください、と促したら、その部分がまだ説明できない、という返答で、ちょっと、愕然としてしまいました。それで、ゼミというのは、まず自分が正しいと思う説明を出来る状態で臨まないと、何の効果もないのですよ、ということを言い聞かせて、それでは、次は、自分がきちんと準備できたと思ったら連絡してください、そのときにゼミをやりましょう、と言って、学生さんを帰しました。

最初の頃、まだゼミのやり方もわからないだろうから、と、つかえたところを解説しながら進めたのがよくなかったようで、ゼミを開始して半年近くたって、そろそろ自分で準備して話すようにしてください、と、言い聞かせても、その通りにならなくなってしまったところがあります。 自転車にのる練習で、荷台を押して走っていたのを離して、転んでしまったら、また、荷台を押してもらえばよい、という感じなのかもしれません。また、最近は、私が、余り強い口調で注意しなくなってしまったところがあるせいかもしれません。 叱らなくなったのは、相手が萎縮するのはよくない、とか、私のほうも気持ちよくゼミをやりたいということもあるのですが、それとともに、縁なき衆生は救いがたし、というような(笑)諦めの気分が、徐々に起こってくるのを押さえられないというところもあるのかも、と、われながら危惧しています。

いろいろ考えていると、ふらふらの身体の頭痛やら胃痛やらが増してしまって、ある意味、3時間ゼミをやるより疲れました(笑) そのまま、年度末のいろいろな事務手続きを進めようと思ったのですが、なかなか進まず、夕方に帰宅したらそのまま再び布団に直行して、昨日は終わりました。

今日は、午前中に会議があり、昼過ぎに終わった後、昨日終わらなかった手続きを行っていました。予算の関係で早めに伝票を出さなければならない購入品があり、今日、それが届くかが微妙だったりして、なかなか落ち着かない気分です。そんな折、メールボックスを覗くと、卒業式の祝賀会の出欠票が入っていて、ゼミの4年生の分をまとめて提出するように、という指示がありました。来週、いろいろと予定があるので、4年の学生さんに、なるべく早く提出してほしいのですが、と、メールを出したら、それなら、これから提出します、と返信があって、15:00 くらいに研究室に持ってきてくださいました。話をしてみると、このためだけに昨日に引き続いてわざわざ大学に来ていただいたようなので、さすがに申し訳なく(笑)、用事が終わるまで待っていられるようならお茶でも飲みにいこうか、ということにして研究室で話をしながら待ってもらっていました。 提出した出欠票を事務に提出したり、書類を郵送したり、諸々の打ち合わせを行ったり、としている間に、購入品を配達していただいた生協の方と行き違いになったり(笑)、散々、ばたばたした挙句、ようやく、とりあえず今日終えようと思った予定が片付いたら17:00 過ぎで、これならお茶っていうより夕食の時間だねえ、ということになり、もう少し研究室で時間をつぶして、夕食に行きました。私が病み上がり(笑)なので、軽めに、ということで、土手町の地中海風多国籍料理(?)のレストランにしました。

食事中の話題は、相変わらず、千葉の様子や、引越しや一人暮らしのことなどで、ニシザワセンセイが、6年前の引越しのおぼろげな記憶や、6年間にわたるいい加減な一人暮らしの極意を伝授(?)していました。4年のゼミ生の方は、弘前出身で、大学までずっと自宅から通っていたので、初めて、出身地を離れ、一人暮らしをし、仕事に就く、ということになります。私が、初めて、出身地を離れ、一人暮らしをし、仕事に就いたのは、36 歳のときで、それでも、なかなかしんどいこともあったので、 15 歳近くも若い、大学卒業したての方にとっては大変だろうなあ、と、思うこともあるのですが、今までの卒業生の皆さんも、そんな中で頑張っているので、若いというのは、その分、逞しいということもあるのかもしれない、とも思います。

それにしても、自分が千葉出身なだけに、今、弘前で、目の前にいる学生さんが一月も経てば千葉で生活している、ということを考えると、いつもながら何だか不思議な気がします(笑)