今のところ、早朝に目が覚める習慣は相変わらずで、午前中に、掃除や洗濯が終り、午後から、外出しました。
ひとつの目的は携帯電話のバッテリーを交換することで、ショップの店員さんに見せたところ、確かにバッテリーがかなり膨張していますねえ、と、言われました。というのも、ここしばらく、携帯電話を使い続けるか、そろそろスマホに乗り換えるかをずっと考えていたのでした。スマホにしようかと思っていたのは、主にスケジュール管理の問題で、いつもノートパソコンを持ち歩くのはさすがにしんどいので、会議等で日程の連絡があるときは手帳に記入し、メールやホームページで判明した用事についてはネットのカレンダーやリマインダーに記入していたのですが、並行して使っているうちにどちらで確認してよいかわからなくなってしまい、特に、会議の連絡をメールで変更されたり、その逆だったりしたときに、うっかりすると、どちらがどちらを訂正したのかわからなくなってしまいます(笑)。スマホだったら、持ち歩いてネットに記入できるだろうし、次のバッテリーが切れたら乗り換えようかなあ、と、考えていたのですが、折悪しく給与削減の話が飛び交っているので、やはり携帯電話を使い続けることにして、バッテリー交換に至ったわけです(笑)
ですので、今後、私のスケジュールの記憶が混乱して皆さんにご迷惑をかけるようなことがあっても、それは国と大学法人のせいですので、ご了承ください(笑)
店員さんがとても感じのよい方で、進められるままにプランの変更などをして、ショップを後にしました。
もうひとつの目的は、市立博物館で行われている展覧会を見に行くことでした。いつも嘆いているように、弘前にいて困ることの一つとして、美術館がない、ということがあります。街に、ギャラリー的なものはかなりあるので、地元のアーティストの方々の活動は盛んなようなのですが、私自身はそういうところに顔を突っ込むほど通ではないので、ぶらっと絵をみに行く機会がほとんどないのです。今回、とある美術館のコレクションが博物館に展示されるので嬉しい気分でいました。と同時に、博物館の広さから考えると、ポスターにある画家の名前が多すぎて、ちょっと嫌な予感もしていました(笑)
嫌な予感は的中してしまって、やはり、画家一人にあたり一点から、多くて数点があるという程度で、さらにちょっと意地悪な言い方をしてしまうと、「名の知れた画家」の絵を手に入れようとしたコレクションなんだろうなあ、という感じもしました。画家の生涯の傑作を入手するためには、海のものとも山のものともわからないときから作品に惚れぬいて集めることが必要で、そういう気合の入った収集とは違うように思えてしまいます。心を揺さぶられるような作品にあまり出会えなかったのがちょっと残念です。
とはいうものの、その美術館が駄作を掴まされていたということではなく、その画家なりのある程度の風韻に触れ、幕の内弁当的に、さらっと日本の近代美術を見ることはできると思います。それ以上を望むのは贅沢なのかもしれません。
宇野浩二の小説の題名になった、小出楢重の「枯木のある風景」を見ることができました。