2011年3月30日水曜日

ぐだぐだしながら

震災以降、節電を心がけ、自分のいない箇所の電灯をこまめに消す、とか、出かけるときに、ADSL(マンションにまだ光ファイバーが入らないもので(笑))のルータや、その他の使わないもののコンセントを抜いたり、ネットも長時間見ないように、と、していたのですが、数日前、電気の使用量のお知らせが来たのを見ると、いつもと大して変わらないままでした。消費する電力の大半がエアコンのようで、暖房がそれしかない中、さすがに使わないわけにはいかないので、他で頑張ってみても、目に見える結果に繋がらないようです。もう一度、見直して工夫できるところがあるか考えてみたいとは思っているのですが。

大学のほうは、相変わらず、新学期の教務に関して早急に対応しなければならないことが沢山あるようで、 責任のある役職についている先生方や、実務に関わっておられる職員の方々は大変みたいです。いきなり、夜 23:30 ころに時間割や講義に関する委員会からメールが来たりして、ああ、こんな時間までお仕事をしているんだなあ、と、頭が下がる思いになることがしばしばです。

私の方は、相変わらずへたばったまま、ぐだぐだと毎日を送っていて、申し訳ないかぎりなのですが。

普段は意識せずに若ぶっていますが、やはり、寄る年波にはかなわないようで(笑)、以前は、がっ、と熱が出て、さっ、と引く、という感じで、発熱しても数日で片がついていたのですが、この頃は、それほど高熱にならないかわりに、体調がよくなったかと思うと、また、悪くなったりして、ぐずぐずとしてしまいがちです。一昨日まで、1日の大半を布団にくるまって、ときどき、調子がよくなったら起きる、というような生活をして、昨日は、自宅で過ごし、今日はようやく普通に大学に行くことができました。寝ていた期間はあまりエアコンは使わなくてすんだはずですが・・・(笑)。

少し気分がよくなってくると、本でも読んでみようかなあ、と 思うのですが、まだ読んだことのない文章はしんどいので、以前、読んだもののうちのどれかに手を伸ばすことになります。今回、本棚の中から、偶然取り出したのが、辻邦生さんと北杜夫さんの往復書簡集でした。前にもちょっと書いたかもしれませんが、このお二人は、10代から 20 代くらいにかけて、私が最も愛読した、と、言ってもよい作家でした。にも関わらず、当初は、お二人の間柄というのを全然知らなかったのですが、しばらく経ってから、彼らが旧制高校以来の親友であることを知り、納得もし、嬉しくもあったことを覚えています。

お互いを思いやり、励まし、いたわり、また、時には、助言や批評をする様子を見ると、改めて、ああ、友達っていいなあ、と、思えてきます。私も、よい友人に恵まれているという自負はあるのですが、人見知りだったり、己惚れが強かったりしたのか、これほど、あけっぴろげで、率直に自分をさらけ出してはいなかったかもなあ、と、反省とうらやましさがない交ぜになった気持ちでした。

ついでに、この書簡集の頃に特に関係の深い、北さんの「どくとるマンボウ航海記」 や 「幽霊」、 辻さんの短編集などの文庫本も、本棚から引きずり出して、一緒に眺めていました。

特に、世の若者全てに、大推薦したいのが、

北 杜夫 著 「どくとるマンボウ青春記」 (新潮文庫)

で、大学に入る皆さん、大学生の皆さん、ぜひ一読をお薦めします。

話は変わって、昨日は、サッカーのチャリティーマッチをテレビで見ました。震災で大変な方々に何か手助けをしたい、とか、もしくは、サッカーが好きな人に、つかの間でも苦しさを忘れて夢中になっていただければ、という気持ちは当然あるのだろうなあ、と、思う一方で、それが、自己満足で、被災地の方々に共感されずに終わってしまったら行動したこと全体が無意味になってしまう、という意味で、とても、難しい企画だったと思いますが、参加した選手の皆さん一人ひとりも、また、スタジアムに集まったサポーターの方々も、この試合の主旨を理解し、ふさわしく振舞っていて、その真摯さは、きっと、しっかりとしたメッセージとなったのではないかと思います。

やはり、感動したのが、カズさんのゴールでした。Jリーグ発足以来の活躍と栄光、それに続く多くの苦闘を、素人なりにもリアルタイムに見続けてきた一人としては、ゴールが決まったときは、恥ずかしながら、目頭が熱くなってしまいました。「諦めない」、「挑み続ける」ということが、ありきたりの言葉をどれだけ連ねるよりも、伝わったのではないかと思います。

サッカーが好きである自分を、ちょっと好きになれる、そして、自分もできることをしていかなければなあ、と、思える瞬間でした。

このような感じで、年度末に近い数日を過ごしています。