2011年4月18日月曜日

講義の準備

震災の影響で、1年の講義は5月以降に開始、2年以上の講義は4月開始になりました。今学期の担当は、例年の如く、1年生の一般教養の線型代数と教育学部の初等整数論、3、4年生の代数学の専門の講義ですので、とりあえず、代数の講義だけが始まりました。

ガロア理論のさわりみたいな話をしています。教育学部の場合、数学の専門の単位数が少ないので、学生さんにとっては、代数関連の単位は、初等整数論、線型代数、群論で卒業に必要な数にほぼ足りてしまい、代数の講義を複数開講しても、ひとつしか受講し ないことが多いのです(笑)。割と自由に話題を選べる講義なので、何年に1回かは、自分の専門に近くしたり、エンターティメントに走ったりしようかと思うこともあるのですが、何か一つ、ということになると、やっぱりガロア理論かなあ、ということになります。

以前、他大学の教育学部に所属しているお知り合いの方に、その話をしたら、え、ガロア理論を教えてるんですか?と、びっくりされたことがあります。最近、理工系の数学関係の学科でも、履修していない学生さんも多いようで、高校で文系だった方もいる教育学部で講義 をするのそれなりに無謀な試みなのかもしれません。基本的に専修の代数の講義を全て担当するのをよいことに、翌年の講義に使う予定の命題を群論のレポート問題に忍ばせたりして関連付けて、どうにかひととおりのことを終わらそうと目論んでいます。もちろん、講義の内容はぎゅうぎゅうになり、受講する方も大変だろうなあ、と思います。

それでも、数学の先生になるからには、ガロア理論ってこんなものだ、という感覚は持っていたほうがいいんじゃないか、とは赴任当初から漠然と思っていて、さらに、最近、本を読んだり、考えたりすることがあり、代数的構造を認識することの重要性、というのは、ほぼ確信(狂信?(笑))に近くなってきています。物事とそれを取り巻く関係性をこのような形で捉える、ということは、クラインのエルランゲン・プログラムを経てブルバキズムへと続く数学の大きな流れを作っただけにとどまらず、構造主義をもたらす要因となり、世界を認識するひとつの方法を与えたといえます。 人が物事をどのように理解するかを考えるときに、十分なインパクトをもたらすことのできるもので、教育を考える上でも有効ではないのかなあ、と、言いたくなったりもするのです。

ただ、大風呂敷を広げてはみても、さきほど書いたとおり、定理と証明の概略を駆け足でお話したら終わってしまう有様で、聴講した学生さん達は、自分が何をやっているか、それがどういうものの見方に繋がるのか、ということに感動することもなく、チンプンカンプンのままなのかなあ、と不安になっているのが現状です。 afterthought みたいな形で話ができないかと思うこともあるのですが、実感の伴わないカッコだけつけたオハナシみたいなことになってしまったら、何だか違うような気がするし、数学からはみ出た部分に関しては専門ではないし、ということで、上手くはいかなそうです。この辺のことを伝えることはできないか、毎回のことながら、ぼんやりと考えてしまっています。