2011年6月17日金曜日

考えさせられる

教育実習に行っていたゼミの大学院生の方の研究授業を参観し、反省して帰ってきました。

過去、何度か参観した学生さんの授業も、未熟なのでうまくいかないことはままあったのですが、その理由が、説明のしかたが慣れていない、もしくは身についていない、という感じで、将来、経験を積めばよいことだし、最悪、私の責任じゃないし、と、自分で自分に言い訳できた(笑)のですが、今回は、数学の理解のしかた、というか、ここが本質なんだ、と明示できるような分かり方の深さがないんじゃないか、それなら、完全にこちらの責任だなあ、と思えたのです。

2次方程式の解の公式の導出に関する授業で、どういう形を目ざして式変形するのか、その形にすればどうしてうまくいくか、をはっきりしないと、初めて聞く方は、何をしているのか全然わからないと思うのですが、教科書に載っているとおりの手順に、未消化な解説をちょいちょい挟みながら、説明してしまったのでした。これはわからなくても無理ないなあ、と、思っていたら、案の定、生徒さん達が混乱していて、最終的には、わかんないけど、要するに解の公式を覚えればいいんでしょ、と囁き合っていたので、後ろで頭を抱えました(笑)。授業が終わったあと、実習を担当していただいた付属中の先生に、思わず、あんな状態で預けてしまってすみません、と謝ってしまいました。いやいや、とても熱心にやってますよ、とは(社交辞令で?)、言ってはいただいたのですが。

実は、セミナーのときも、ときどき、テキスト丸写しに近い発表をすることがあり、私が、持ち前の意地悪さを発揮して、「で、結局、その証明は何をしようとしているの?」 とか、「それを示すときのキーになっているのは何なの?」 などと質問すると、「・・・」となるので、それはこういうことでしょ、というと、ああ、それならわかってます、と返答するのですが、例を挙げて確認してもらったり、ギャップの大きいところを埋めてもらったりしようとすると、方針が立たず、自力で論理を組み立てられずうろうろする傾向があったのでした。 この学生さんは、他大学の出身で、学部では数学とは違う専攻で、傍ら、免許取得のための科目を聴講していたので、数学に十分に時間を割くことができないときは、テキストそのままを頭の中に流し込んで凌いでいたのかなあ、と思います。私が口をすっぱくしていうので、本人もそれではいけないと自覚はしているようなのですが、テキストに目を通して文章の意を納得すると、確認しないでも理解できたと感じて準備完了、となってしまうようで、セミナーに出てくると、結局、いつも通りに私に粉砕される(笑)、という繰り返しなのです。高校と大学での7年間でその姿勢が固まってしまっているようで、なかなか修正がききません。

やっぱり、人は、自分の分かり方と同じように説明するのだなあ、きちんと筋道を立てて理解することが教える上でも大事なんだ、と、改めて確かめられたのはよいのですが、問題は、それを思い知った理由が自分のゼミの学生さんであるということで(笑)、これから半年間、どのように勉強を進めたらよいのか、より深刻に考えてゆかなければなりません。