2011年9月26日月曜日

試験の印象

1年生の前期科目の期末試験の採点が終りました。

実は、採点をして点数を合計したとき、解答から受ける印象と比べて、得点が高くて驚く場合、低くて驚く場合がときどきあります。考え方がしっかりしていても早い段階で計算ミスをしている、または、解いている問題は完璧なのに他は白紙、などの理由で、わかっていそうな雰囲気が漂っているのに得点が伸びない答案もある一方、簡単な計算問題だけ行って残りはつまみ食い的に解答してあるのに、うまく部分点をかすって、そこそこな合計点になってしまう答案もあります。概して、後者のパターンには好意的になれず、しまったなあ、と思って採点基準を見直すのですが、ものさしをあてて数値化するには何らかの段階に分けなければならず、どうしてもそのような状況は生じてしまい、忌々しく思いながらも(笑)得点を与えるしかなくなってしまうのです。

私のいる講座の入試の方法が今年度からかわり、今の1年生は高校で「理系」の方々がほとんどになりました。確かに、幾分、計算の力は強くなったように見えるのですが、それ以上に、うろ覚えの公式に値を突っ込んでいたり、見覚えのある記号や用語をあてずっぽうに書き並べてみたり、というような、悪あがき的な頑張りかたが目につきます。

採点していて感じたのは、ひとりで勉強していて分からないときに、ノートを前から見直さなかったのだなあ、ということです。どういう考え方で定理や公式が導かれているのかがわかっていたら絶対にそうはしないだろう、という間違いを平気でしています。不自然な記号の書き間違いも多くあります。 例えば、行列の講義のとき、連立1次方程式の変形は、→を使って、行列式の変形は = を使うのですが、これらがごちゃごちゃになっている答案が、文系出身の受講生が中心だったときより多いのです。 連立1次方程式の変形は拡大係数行列で表される等式の組を書き換えていて、行列式の変形は行列から決まる数をその値が変わらないように書き換えていくので、やっていることの違いがわかれば、その違いは腑に落ちると思うのですが。講義でもコメントしましたし、板書を上手くノートできなかったときのためにホームページに講義ノートも掲載しているのに、全く確認しないで、出題されそうな解法だけ詰め込もうとしたのでしょうか。

本来ならば、3ヶ月間の講義に出てきた定理や公式を機械的に丸暗記しようとしても無理でしょう、そのように学んでも無理なので、どういうアイデアからその定理が導けるのか、とか、どのように考えれば問題が解けるのか、とかを何時間もかけて講義するのですから。

ただし、採点し終わってから、ちょっとまずかったなあ、と反省したのですが、例年、初手からごっつい証明をやらせるのもきついだろう、と考えて、1年生の前期の講義のレポートや試験は、計算問題に結構なウェイトをおいていたのですね。そのため、こちらが不安に思うような解答も、存外な高得点になってしまったのです。今まで、「講義は絶望感を、試験では達成感を」(笑)というスローガンでやってきたのですが、これから見直さざるをえないようです。

こういうことを書いたからといって、学生さん達が狡猾だとか、怠惰だとか言いたいのではありません。むしろ、一生懸命そのように勉強しているようなのが不安なのです。実は、以前から、そんなことをしても何にもならないんじゃないの、と、何度言っても、試験にパスするだけの目的で勉強をしてきた方も若干名いました。それならば、この人たちは数学が分かりたいんじゃなくて、単位をとれば満足なんだからそれでいいんじゃない? と冷めていることもできますが、今回の受講者の方々は、勉強とはそういうものなのだと無批判に信じている、もしくは、それ以外の勉強を知らないのではないか、と思えてしまうほどなのです。

自ら思考過程を明確に辿って、理解できた、と確信できるようになることではなく、外から与えられる点数という評価を如何に高めるかが目標になっているのではないかと心配です。さらに極論すると、これは、心から杞憂であってほしいと思うのですが、自分が理解した、という状態が分かっているのかなあ、と、感じることすらあります。レポートや試験を採点していて、もやもやした解答にこちらが居心地が悪くなってしまい、思わず、こんな不安定な分かり方で気持ち悪くないのかなあ、と、ツイッターで愚痴をこぼしていたのですが、解いている本人達はそういう感じを持たないみたいなのですね。散らかりっぱなしの部屋でずっと過ごしてきた人が部屋が片付いていなくても平気、というのと同じように、腑に落ちる、という体験を、今まであまりしてこなかったのではないか、と思えないこともないのです。

後期はこの学年の方々を対象とする講義を担当しないので、次に彼ら、彼女らに講義をするのは来年度の前期以降で、そのときは、より抽象的な概念を、論理を用いて扱わなければなりません。それまでに数学に対して、きちんとした感覚を身につけていてくれるかなあ、と、ちょっと不安なままで、前期が終わってしまいました。