2010年9月13日月曜日

長谷川潾二郎のこと(2)

これも何度かブログに書いたことですが、この画家の名を知ったのは、洲之内徹の「絵の中の散歩」という随想の中の、「長谷川潾二郎 『猫』 」という絵の 紹介の文章でした。私が長谷川潾二郎の絵について感じていることはこの文章の影響を多大に受けているように思いますし、この画家の紹介としてこれほど適切なものは無いような気もしますので、その中の文を抜書きしてみます。

「長谷川さんの仕事は決して単なる写生ではない。また、細密描写ではあるがトロンブルイユ式の、実物との錯覚で人をびっくりさせたり楽しませた りする態の写実でもない。はっきりした長谷川さんの自立的な造型の世界、完璧なスタイルを持っている。楽器で言えばハープシコードの音色だと私は思う。典 雅で平明で澄んでいて、この世のものとも思えぬ趣さえある。にも拘らず、この人は、どうしても実物を眼の前に据えておかないと絵がかけないのである。物を 眼の前に置いても、そっくりそれが画面に再現されるわけではない。(中略)それでもなお、どんなものでも、眼の前に置かないと描けないというのは、この人 の一種の律儀さ、潔癖さなのだろうか。だがそのために、いろいろとおかしな事が起ってくる」 


その後、新緑の風景を描くのに、木々が同じく色づく短い季節にしか描かないから絵が完成するのに何年もかかってしまった、とか、昨年と同じ情景にするのにまずは草刈を始めた、などというエピソードの紹介に繋がってゆきます。

今、抜書きしながらも、最初に、「単なる写生ではない」とか、「トロンブルイユ(だまし絵)式の写実でもない」と注意するあたりはさすがだなあ、とか、ハープシコードっていうのは言いえて妙だなあ、とうなずいてしまいます。

ハープシコード、ということは、ピアノではない、ということでもあるように思います。つまり、意図的な強弱が付けられていず、「典雅で平明で澄んだ」トーンがパートの隅々にまでいきわたっている、その様子が、直覚的に、比喩としてこの楽器を連想させたようにも思います。絵の隅々まで神経がいきわたっている、というだけでなく、どの部分も同質な存在感を主張しています。

構図が決まると、造型的な意味での「主役」と「脇役」ができるのが普通でしょう。しかし、彼の場合、例えば、風景画だと、人も、木々も、建物も、空も、全てが丹念に描かれています。どこかに見る人の視点を誘導する、というような思惑が一切感じられないのです。

そういう様子をこのように文章にするのはやっぱり巧いなあ、と、思っていたのですが、先述の画文集の中に、長谷川潾二郎自身による、上の文章を読んだ感想があり、読んでみると、この画家の立脚している部分がはっきりして面白いなあ、と、さらに、興味をそそられます。

「彼は『この人はどうしても実物を目の前に据えておかないと絵がかけないのである』という。『それはこの人の一種の律儀さ潔癖さだろうか』と言う。

私は彼の言う通り目の前にあるものを描く。しかし、それは実物によって生まれる内部の感動を描くのが目的ですから、実物を描いている、とは言えません。つまり私が描いているのは実物ではありません。しかし、それは実物なしでは生まれない世界です。この間の事情は外部のヒトには一寸判りにくい所があると思います。一番重要なのは、描く前の心の在り方だ。

目前にあるものが美に輝く時、それは神秘の世界から現れた贈物のように見える。洲之内氏が私の画を『この世のものとは思われない趣きさえある』と言う時、私の気持ちを他の方向から感知していると思う。私の考えでは、『この世のものとは思われない』のは目前の現実で、目前にある現実が、『この世のものとは思われない』ような美に輝いている事実です。しかしこの事実を信じない人が意外に多いのです。そんなつまらないものと言う人が。(後略) 」(「洲之内徹氏の文章 『長谷川潾二郎』を読んで - 『長谷川潾二郎 画文集』より)

洲之内徹が「この世のものとは思われない」といっているものは、実物を通してしか感じることのできないものなのだ、だから、実物がないと描けないのだ、というわけです。

洲之内徹、という方は、画家の「眼」と「手」に常に着目していました。他の場所で、「画家の眼は自然をいっぱんに見るのではない」、「一本の線を引く瞬間ごとに、眼と手できびしい選択をしているのだ」というようなことを書いています。長谷川潾二郎がまさにそういう画家であることを感知したからこそ、そのことに引っかかっていたるのだろうと思います。

目の前に物がなければ書けないことを慨嘆しているような口調は、評論家として、そのことをアイロニカルに指摘しているのか、もしくは、画廊主として、絵が完成しないことに対しやきもきしているのかは、非常に微妙で、おそらく両方なのでしょうが(笑)。

長谷川潾二郎は、そのように物を見つめることを通して、あらゆる物の中にある美しさを感得しようとするのです、それを可能にする人を、詩人だ、というのですね。そういう姿勢は、今回読むことを得た、彼の断片的な文章からも明確に感じることができます。以下、画文集に挿入されている、生前は未発表だったらしい文章です。探偵小説を書き、江戸川乱歩にも賞賛された、というほどの文才は、後半生には、絵を描く自らを省み、確かめ、鼓舞することにのみ使われたようです。

「朝起きて布団をたたむ。面積が突然変わる。大がたちまち小になる。このような奇跡に驚かずに、私たちは生きている。」

 「何よりも大切なのは『感動』である。要するに画家の定義は、画を描く人と言うよりも、絶えず外部に感激を見出し、絶えず自然を万物を賛美し、感動の生活をおくる人、である。(私は何度同じことを手帖に書くのだろう」

 「私はすべての知的なイデアをしりぞける。感動は頭脳的な思考を越える。感動によって『あるもの』が、私たちに加わるのだ

『あるもの』が何処から来るか?それは私達の知らない測ることのできない不可知の世界から来るのだ。

私たちを越えている神秘な世界を信じない一画家には私はくみすることができない。」

すべてのものが、驚くべき、美しくあるべきもので、したがって、その隅々までが細密に描かれるべきものなのです。彼の絵の不思議な均質性、というのは、このような姿勢が結実したものだと思います。彼の絵の描き方は独特だったらしく、まず全体をざっと仕上げる、ということはせず、ある部分を緻密に描き、完成したら次の部分に移る、というものだったのだそうです。そうして細々とものすごい労力を注ぎ込んでいる間に何年もたち、その過程で、納得できなくなったり、描く風景や対象が変わってしまったときには、途中まできちんと仕上がってあとは空白となったままの絵が残ってしまうのです。そんなところもこの画家の恐ろしく寡作な原因になっているようです。それを惜しんだ洲之内徹は、長谷川潾二郎と相談して、そのように中絶した絵をカットして、完成している部分部分をひとつの絵にしたのだそうです。他の画家では考えられないが、長谷川さんの場合は、そのひとつひとつが絵として成立していた、というようなことを書いています。これも、長谷川潾二郎の不思議な均質性を示すエピソードのように思います。

「すべてのものはみな美しい」ということを、ありふれたスローガンとして連呼するのではなく、見つめとおしたものを絵にすることで表すのが、彼にとっての「画家である」ということで、実際、彼の絵はそのことを静かに示してくれます。そして、感じたものを形にするため、彼は自分の「手」に「職人」であることを要求します。

「私の中には詩人と職人と二人が住んでいる。詩人のいうことをきいて職人が動くのだ。日を決めて大馬力を出すことで、私は私の職人を大いに働かせることになる。職人が働かなかったら、絶対に現実の画の存在は不可能なのだ。私の職人は今までいささかタイダではなかったろうか。働くことで職人の腕が上がる。私の職人は私の言うことを大いにきくようになる。これが、最大の収穫である。」

こんな、ストイックな言葉を聞かされると、詩人はへたばって、職人はずっとサボり中みたいな私は、自らを恥じてしまうのですが。

「キャラメル」や「紙袋」ですら、端整で豊かなたたずまいで見る人の心を捉えることができるのは、こういうことなのかなあ、と、思ったりもしています。