2010年11月15日月曜日

多重三角関数論講義

普段、あまり時間が経ったとか、トシをとったとか考えないようにしているのですが、この本を手にとって、思わず、いやあ、もう 20 年も経ってしまったか、と、感慨めいたものを感じてしまいました。

私が、この辺の話題について初めて知ったのは、修士に入ってしばらくした 93 年ころ、この講義が行われてから数年後、ということになります。当時、ゼミで唯一のM1だった私は、他のM2の方々が修論の進展を発表するセミナーをぼんやり聞いていただけだったのですが、それがよほど暢気そうに見えたらしく、指導教官の上野喜三雄先生が、何だか君はヒマそうだから問題を出してあげよう、とおっしゃって、ご自分のところに送られてきたプレプリントの中のちょっとした計算を確認させた後、ここに出ている多重 q ガンマ関数っていうのがきちんと定義されてないみたいだから考えてみなさい、という、(今から思うと)いささか無茶振りな問題を出されてしまいました。

わけがわからず計算したり、色々な文献を当たったりして考えている途中で、黒川信重先生の講義の話題の様子も知ることになり、お知り合いの方に頼んで、お知り合いのお知り合いの方のとった、黒川先生の談話会のノートのコピーをいただいたりもしました。

修士の1年目が終わるころ、あれこれ考えたことが、ようやく少し形になってきたので、こんな風になっているみたいですけど、と、報告したら、上野先生が、そのことを、同じ数学科の橋本喜一郎先生にお話してくださったようで、とある整数論の談話会で発表することになりました。

人前で発表をするのが2回目な上に完全に専門外のセミナーですので、いや、整数論のことは全然わからないんで、と、言い訳しながら、よたよたな話をしたのですが、その最中、お一人の先生が、私の話すことはすべてわかっているかのような質問をなさっていたので、もしや、と、思っていたら、案の定、黒川先生でした。私の発表が終わった後、声をかけてくださり、別刷りを頂きました。駆け出しの私に、研究に関係ありそうなことを教えてくださり、とても嬉しかったのを覚えています。たしか、Appel の O 函数のことを、このとき、初めて知ったのではないかと思います。

その後、黒川先生が早稲田に講義にいらしたときに聴講させていただいたり、談話会などで何度かお目にかかったときは、この辺の話題の面白そうなことを教えていただいたりしました。

私の修士論文が形になったのが、この本の参考文献にも出ている、神保道夫先生と三輪哲二先生が多重三角関数を使ったqKZ 方程式の積分解の研究を始められたころでした。神保先生に私のプレプリントを送らせていただいたら、関係ありそうなことを詳細に教えていただいただけでなく、拙い私の論文を非常に丁寧に読んでくださり、誤りやおかしな表現まで指摘してくださいました。その後、神保先生と三輪先生の論文を読みながら、それをこじんまりと真似をして、上野先生と、|q|=1 のときのq-超幾何系の積分解の構成をいくつか行いました。以後、神保先生にはいろいろお世話になり、最終的には、食い詰めた私が学振研究員として居候させていただくことにまでなって多大なるご迷惑をおかけしてしまったのですが、それは別の話、ということで・・・(笑)。
 
出不精でビビり、という、研究者として致命的な欠点を持つ私が、 それぞれの話題の、本家本元、とでもいうべき先生方から、先生方の学生でもないにも関わらず、情報をいただけた、ということは、もの凄い僥倖でした。スキマ産業的特殊函数論研究者(笑)としてのスタートを切ることができたのは、そのおかげが多大だったと、今さらながら思います。

この本の後日談を読むと、20 年経って、色々なことが、色々と進展しているようです。スキマ産業のスキマに挟まったまま、身動きがとれなくなってしまっている私としては、 書架に置いたこの本を、自分の幸運さと不甲斐なさを省みる、鞭としたいと思います(笑)。