前期の授業評価アンケートの結果が来ました。
私のいる大学では、講義の後半に日にちを決め、学生さんが、「予習・復習した」、「予習・復習などの十分な指導があった」、「この授業の到達目標、目的は明確だった」、「この授業の内容は理解できた」、「板書、配布資料、スライド等、説明が工夫されていた」、「この授業はシラバスの記述どおりに進められていた」、「この授業の開始・終了時間は守られていた」、「総合的に判断してこの授業に満足した」みたいな項目に5段階で答え、その他に何か意見や要望がある場合は自由記述をしていただくという仕組みになっています。それで、「予習・復習」以外の項目の平均値が併記されています。
担当した2コマはどちらも説教ばかりしていたので、平均値は相当落ちているだろうなあ、と思っていたのですが、なぜか、初等整数論も一般教養の行列も、どちらも 4.2 前後で、拍子抜けしてしまうほどでした(笑)
まあ、こうやって書くと、いかにも高評価だったように見えますが、実は、私の居る大学の学生さんは結構寛容で、これくらいの評点が普通なのです(笑)
詳しく眺めてみると、圧倒的に高評価なのが「時間」でした。ほとんどの回、授業前からスタンバって、チャイムが鳴り終わると同時に話し始め、終業2,3分前まで、まくし立てているのだから、まあ、こう評価するしかないんだろうなあ、と、苦笑しました。
最初、あれ? と思ったのが、一番低かったのが「工夫」のところだったことでした。このページでもぐずぐずと実況中継していたように(笑)、それが功を奏したかはともかく(笑)、かなりの時間をかけて工夫をしたつもりだったからです。 ただ、アンケートの文言を見てみると、上のように、印刷物、視聴覚や情報機器の使用も考慮するようにも読めますので、それに関する工夫は特にない、ということなのかもしれません。そう思いなおすことにして(笑)、他の講義の欄を眺めてみても、黒板を使うような講義はこの設問の評点が低いようです。
ちょっと気になるのは、こういう問い方をすると、全ての講義について、細々と印刷物を配ったり、プロジェクタやビデオを使ったりするのがいいことだ、という風に感じられてしまうのではないかということです。 このページで何度か書いたかもしれませんが、念のためにもう一度お断りしておくと、
私は、それらのものを(少なくとも授業中には)なるべく使わないように工夫しています(笑)
実のところ、私の場合、Tex で書いた講義ノートの原稿はあるわけですから、そういうものを編集してプロジェクタで映したほうが楽です。それでも、板書して受講している方がノートをとる、という形態のほうが説明する内容が身に付くだろうと考えているからそうしているわけで、たぶん、黒板を用いている先生方の多くは同様の判断をされていることと思います。
もうひとつ、一覧になっている他の講義の評点を見渡して気になったことがあります。私自身はそういう種類の講義はなかったのですが、やっぱり、しんどそうな科目の「理解」とか「満足」といった評点は低くなりがちなように見えます。例えば、数学でも、最初はその形式や方法に馴染みにくくても、後で物事をきちんと考えるために必要だというものがあります。そういうものは、何年かして具体的な問題に応用されたとき、ああ、これはこういうことだったんだ、とか、こういう風に使うものだったんだ、と、初めてしっくりくる、というのが普通です。習い始めの時点で「理解できたか」と聞かれたら、できていないというのは当たり前だろう、と、思うのです。それを、評点が低い、というのは、スポーツの練習のうち、練習試合をしたり、過去の名試合をビデオで見たり、戦術の分析をしたりすることより、筋トレのほうがつまらなくてしんどいのはトレーナーが悪い、というようなものです。
実は、学生さんがそういう見方のまま卒業していくのではない、というのは、経験的にわかってきたので、その点に関しては心配していないのです。先ほどの「工夫」の件でも、教育学部のありがたさで(笑)、学生さん達自身も実習をするので、普通によどみなく説明する、とか、意味の通る板書をする、ということが結構大変なんだ、ということがわかってきますし、「理解」のほうも、1年生のときは、何であんなわけのわかんないこと勉強するんですか? と、文句を言っていた方が、3年くらいになると、やっぱりもっとちゃんと勉強しておけばよかったです、と、言うようになるのを何度も目撃しましたので(笑)
ただし、まだそういう段階の判断による数値が一人歩きして、教育的な能力を測る尺度のように扱われてしまうと、長い目で見ればとても大切な話題について、しんどくて地味な講義をすることが損なことになってしまいます。思考を逞しくする、とは、どういうことなのかを伝えるには、しんどい場所を共にすることしかないはずで、そのことが評価されない、となりかねないことには、かなり違和感があります。